2002年1月15日

過労死(脳・心臓疾患)の2001年及び1987年労災認定基準比較表

2001年認定基準
(2001.12.12基発1063号)

1987年認定基準
(87.10.27基発620号、95.2.1基発38号等)

第1 基本的な考え方

 脳血管疾患及び虚血性心疾患(負傷に起因するものを除く。以下「脳・心臓疾患」という)は、その症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤、心筋変性等の基礎的病態(以下「血管病変等」という)が長い年月の生活の営みの中で形成され、それが徐々に進行し、増悪するといった自然経過をたどり発症に至るものとされている。
 しかしながら業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等がその自然経過を著しく超えて増悪し、脳心臓疾患が発症する場合があり、そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患はその発症に当たって業務が相対的に有力な原因であると判断し、業務に起因することの明らかな疾病として取り扱うものである。
 
このような脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として、発症に近接した時期における負荷の外、長期間にわたる疲労の蓄積も考慮することとした。また業務の過重性の評価に当たっては、労働時間、勤務形態、作業環境、精神的緊張の状態等を具体的かつ客観的に把握、検討し、総合的に判断する必要がある。

第1 基本的な考え方

 脳・心臓疾患は、血管病変等が加齢や一般生活等における諸種の要因によって、増悪し発症に至るものがほとんどであり、こり血管病変等の形成にあたって業務が直接の要因とはならないことも指摘されている。また、脳・心臓疾患の発症と医学的因果関係が明確にされた特定の業務は認められていない。
 業務上の諸種の要因による精神的、身体的負荷が時として、血圧変動や血管収縮に関与するであろうことは医学的に考えられることであるが、労働者が日常業務に従事する上で受ける負荷による影響は、その労働者の血管病変等の自然経過の範囲にとどまるものである。
 しかしながら、業務が急激な血圧変動や血管収縮を引き起こし、血管病変等をその自然経過を急激に著しく超えて増悪させ発症に至った場合には、業務が相対的に有力な原因であると判断し、業務に起因することが明らかな疾病とするものである。

第2 対象疾病

 本認定基準は、次に掲げる脳・心増疾患を対象疾病として取り扱う。
 1 脳血管疾患
 (1)脳内出血(脳出血) (2)くも膜下出血 (3)脳梗塞 (4)高血圧性脳症
 2 虚血性心疾患等
 (1)心筋梗塞 (2)狭心症 (3)心停止(心臓性突然死を含む)
 (4)解離性大動脈瘤

第2 取り扱う疾病

 本認定基準は、中枢神経及び循環器疾患のうち、次にかかげる疾患について定めたものである。
 1 脳血管疾患
 イ 脳出血 ロ くも膜下出血 ハ 脳梗塞 ニ 高血圧性脳症
 2 虚血性心疾患
 イ 一次性心停止 ロ 狭心症 ハ 心筋梗塞症 ニ 解離性大動脈瘤
 ホ 不正脈による突然死等

第3 認定要件

 次の(1)、(2)、又は(3)の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、労働基準法施行規則別表第1の2の第9号に該当する疾病として取り扱う。

 (1)発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に
 明確にし得る異常な出来事(以下「異常な出来事」という)に遭遇したこと。
 (2)発症に近接した時期において、特に過重な業務(以下「短期間の過重
 業務」
という)に就労したこと。
 (3)発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす業務(以下
 「長期間の過重業務」
という)に就労したこと。

第3 認定要件

 次の(1)及び(2)のいずれかの要件をも満たす脳血管疾患及び虚血性心疾患等は、労働基準法施行規則別表第1の2の第9号に該当する疾病として取り扱う。

 (1)次に掲げるイ又はロの業務による明らかな過重負荷を発症前に受けたこと
 が認められること
 イ 発生状態を時間的及び場所的に明確にしうる出来事(業務に関連する出
 来事に限る。)に遭遇したこと。
 ロ 日常業務に比較して、特に過重な業務に就労したこと。
 (2)過重負荷を受けてから症状の出現までの時間的経過が、医学上妥当なも
 のであること

第4 認定要件の運用

 1 脳・心臓疾患の疾患名及び発症時期の特定について
 (1)疾患名の特定について
 脳・心臓疾患の発症と業務との関連性を判断する上で、発症した疾患名は重要であるので、臨床所見、解剖所見、発症前後の身体の状況から疾患名を特定し、対象疾病に該当することを確認すること。
 (2)発症時期の特定について
 脳・心臓疾患の発症時期はについては、業務と発症との関連性を検討する際の起点となるものである。通常、脳・心臓疾患は、発症の直後に症状が出現するとされているので、臨床所見、症状の経過等から症状が出現した日を特定し、その日をもって発症日とする。なお、前駆症状(発症の警告の症状)が認められる場合であって、当該前駆症状と発症した脳・心臓疾患との関連性が医学的に明らかなときは、当該前駆症状が出現した日をもって発症日とすること。

2 過重負荷について
 過重負荷とは、医学経験則に照らして、脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させることが客観的に認められる負荷をいい、業務による明らかな過重負荷と認められるものとして、「異常な出来事」、「短期間の過重業務」、「長期間の過重業務」に区分し、認定要件としたものである。ここでいう自然経過とは、加齢、一般生活等において生体が受ける通常の要因による血管病変等の形成、進行及び増悪の経過をいう。
 (1)異常な出来事について
 ア 異常な出来事(次に掲げる具体的出来事)
 (ア)極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突
  発的又は予測困難な異常な出来事
 (イ)緊急に強度の身体的負荷の強いられる突発的又は予測困難な異常な
  事態
 イ 評価期間 発症直前から前日までの間
 ウ 過重負荷の有無の判断 身体的、精神的負荷が著しいと認められるか
   否かという観点から、客観的かつ総合的に判断する。
 (2)短期間の過重業務について
 ア 特に過重な業務 日常業務(通常の所定労働時間内の所定業務)に比較して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいう(日常業務に就労する上で受ける負荷の影響は、血管病変等の自然経過の範囲にとどまるものである)。
 イ 評価期間 発症前おおむね1週間
 ウ 過重負荷の有無の判断
 (ア)同僚労働者又は同種労働者(当該労働者と同程度の年齢、経験等を有し、基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる者)にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に行う。
 (イ)判断の方法 短期間の過重業務と発症との関連性をみた場合、医学的には、発症に近い程影響が強く、発症から遡るほど関連性は希薄となるとされているので、次に示す業務と発症との時間的関連を考慮して、特に過重な業務と認められるか否かを判断すること。
  @まず、発症直前から発症前日までの間の業務が特に過重であるか否かを判断すること。
  A次に発症前おおむね1週間以内の間、特過重な業務が継続していたか否かを判断すること(「継続」とは過重な業務に就労した日が連続しているという趣旨であり、この期間を通じて過重な業務に就労した日がまだんなく続いている場合のみをいうものではない。したがってこの間に就労しない日があったとしても、このことをもって直ちに業務起因性を否定するものではない)。
 (ウ)業務過重性の具体的評価に当たっては、下記負荷要因について十分検討すること。
  a労働時間(業務量の大きさを示す指標であり、また過重性の評価の最も重要な要因であるので、評価期間における労働時間については、十分に考慮すること)
  b不規則な勤務(予定された業務のスケジュールの変更の頻度・程度、事前の通知状況、予測の度合い、業務内容の変更の程度等の観点から検討し、評価すること)
  c拘束時間の長い勤務(拘束時間数、実労働時間数、労働密度〔実作業時間と手待時間との割合等〕、業務内容・休憩・仮眠時間数、休憩・仮眠施設の状況〔広さ、空調、騒音等〕等の観点から検討し、評価すること)
  d出張の多い業務(出張中の業務内容、出張〔特に時差のある海外出張〕の頻度、交通手段、移動時間及び移動時間中の状況、宿泊の有無、宿泊施設の状況、出張中における睡眠を含む休憩・休息の状況、出張による疲労の回復状況等から検討し、評価すること)
  e交替制勤務・深夜勤務(勤務シフトの変更の度合い、勤務と次の勤務までの時間、交替制勤務における深夜時間帯の頻度等の観点から検討し、評価すること)
  f作業環境(過重性の評価にあっては付加的に考慮する)
   (a)温度環境 (b)騒音 (c)時差
  g精神的緊張を伴う業務(その関連性は、医学的に十分に解明がなされていないこと精神的緊張は業務以外にも多く存在すること等から、精神的緊張の特に著しいと認められるものについて評価すること)
 (3)長期間の過重業務について
 ア 疲労の蓄積の考え方 恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には、「疲労の蓄積」が生じ、これが血管病変等をその自然経過を著しく超えて増悪させ、その結果、脳・心臓疾患を発症せることがある。このことから、発症との関連性において、業務の過重性を評価するに当たっては、発症前の一定期間の就労実態等を考察し、発症時における疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断する。
 イ 特に過重な業務 前記(2)のアの「特に過重な業務」の場合と同様である。
 ウ 評価期間 発症前おおむね6か月間(この期間より前の業務については、付加的要因として考慮すること)
 エ 過重負荷の有無の判断
 (ア)著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるが否かについては、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同僚等にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かとしい観点から、客観的かつ総合的に判断すること。
 (イ)業務の過重性の具体的評価に当たっては、疲労の蓄積の観点から、労働時間のほか前記(2)のウのbからgまでに示した負荷要因について十分検討すること。
  その際、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる要因と考えられる労働時間に着目すると、その時間が長いほど、業務の過重性が増すところであり、具体的には、発症日を起点とした1か月単位の連続した期間を見て、
 @発症前1か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は業務と発症との関連性は弱いが、概ね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が強いと評価できること
 A発症前1か月間におおむね 100時間又は発症前2か月ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価されること
 を踏まえて判断すること。ここでいう時間外労働時間数は、1週間当たり40時間を超えて労働した時間数である。また、休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症との関連性をより強めるものであり、逆に休日が十分確保されている場合は、疲労は回復ないし回復傾向を示すものである。

第4 認定要件の運用基準及び留意事項

 1 脳・心臓疾患の疾患名及び発症時期について
 (1)業務と発症との関連を判断する上で、詳細な疾患名は重要であるので、臨床所見、解剖所見のほかに、発症前の状況、症状の出現時の状況等により推定できることもあるので、これらを基に、専門医から意見を聴する等に可能な限り確認する必要がある。
 (2)通常、過重負荷を受けてか24時間以内に症状が出現するが、脳梗塞及び脳出血は、症状の出現までに数日を経過する場合がある。

 2 過重負荷について
 (1)「過重負荷」とは、脳・心臓疾患の発症の基となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤、心筋変性等の基礎的病態(以下「血管病変等」という)をその自然経過を超えて急激に著しく増悪させ得ることが医学経験則上認められる負荷をいいうものであり、業務による明らかな過重負荷として認められるものとして「異常な出来事に遭遇したこと」及び「日常業務に比較して、特に過重な業務に就労したこと」を掲げ、これを認定要件としたものである。なおここでの自然経過とは、加齢、一般生活等において生体が受ける通常の要因による血管病変等の経過をいう。
 (2)「異常な出来事」とは、具体的には、次に掲げる出来事である。
 イ 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態
 ロ 緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態
 ハ 急激で著しい作業環境の変化
 (3)「日常業務に比較して、特に過重な業務については、次のとおりである(日常業務による負荷は、血管病変等の自然経過の範囲にとどまるものであるから、日常業務の過程で発症したような場合には、業務起因性は認められない)。
 イ 「日常業務」とは、通常の所定内労働時間内の所定業務内容をいう。
 ロ 「特に過重な業務」とは、日常業務に比較して特に過重な精神的、身体的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいう。
 客観的とは、当該労働者のみならず、同僚労働者又は同種労働者にとっても、特に過重な精神的、身体的負荷と判断されることをいうものであり、この場合の同僚等とは、当該労働者と同程度の年齢、経験等を有し、日常業務を支障なく遂行できる健康状態にある者をいう。
 ハ 業務による過重負荷と発症との関連をみた場合、医学的には、発症に近ければ近い程影響が強く、発症から遡れば遡るほど関連は希薄となるとされているので、次に示す業務と発症との時間的関連を考慮して、特に過重な業務か否かの判断を行うこと。
 (イ)発症に最も密接な関連性を有する業務は、発症直前から前日までの間の業務であるので、先ず第一にこの間の業務が特に過重であるか否かを判断すること。
 (ロ)発症直前から前日までの間の業務が特に過重であると認められない場合であっても、発症前1週間以内に過重な業務が継続している場合には、血管病変等の急激で著しい増悪に関連があると考えられるので、この間の業務が特に過重であるか否かを判断すること。(一応の時間的目安として「1週間としているものであって、1週間を限定的に区分するものではない。「継続」とはこの期間中に過重な業務に従事した日が含まれているという趣旨であり、必ずしも1週を通じて過重な業務にら修辞した日が間断なく続いている場合のみをいうものではない。したがって、発症前1週間以内に就労しない日があったとしても、このことをもって直ちに業務外とするもりではない。)
 (ハ)発症1週間より前の業務については、この業務だけで血管病変等の急激で著しい増悪に関連したとは判断し難いが、発症1週間前の業務が日常業務を相当程度超える場合には、発症1週間前の業務を含めて総合的に判断すること。
 ニ 業務の過重性の評価に当たっては、業務量(労働時間、労働密度)、業務内容(作業形態、業務の難易度、責任の軽重など)、作業環境(暑熱、寒冷など)、発症前の身体の状況等を十分調査の上を総合して判断すること。
 ホ 所定労働時間内であっても、日常業務と比較して著しく異なる業務に従事した場合における業務の過重性の評価に当たっては、専門医による評価を特に重視し、判断すること。