2001(平成13)年10月10日 厚生労働大臣 坂口力殿

 

過労死認定基準(脳血管疾患及び虚血性心疾患―負傷起因を除く)

抜本改正要求について

 

働くもののいのちと健康を守る全国センター理事長 辻村一郎

全国過労死を考える家族の会代表 永山美恵子

 

はじめに

 違法なサービス残業が蔓延し、労働法制の「規制緩和」がすすむ中で、長時間労働、過密労働、夜勤交代労働、変則・変形労働、不規則労働が広がり、労働者は、生理的限界を超えた過重な労働に従事させられている。この過重な労働により、生体リズムを崩され、生命維持機能を破綻させられた致命的極限状態(死亡及び重度障害)である「過労死」が発生している。それにもかかわらず、被災者と家族への労災補償の全面的適用による社会的救済はきわめて遅れた実態となっている。

 業務が原因で「過労死」した被災者とその家族には、労災補償をして社会的に救済しなければならないにもかかわらず、現行「過労死」(非災害性脳血管疾患・虚血性心疾患)認定基準は、医学的証明を要求し、さらに認定要件がきわめて狭く厳格であり、労災補償制度が労働者保護のための社会制度であるという根本精神を看過した基準となっている。

 私たちは、被災者の「過労死」(非災害性脳血管疾患・虚血性心疾患)の発症・増悪もしくはこれによる死亡と発症等の前に従事していた業務との因果関係が、医学的に証明されなくても、一般経験則上その蓋然性が高いと認められれば「業務上」と推認し、労災と認め労災補償を適用することが労災補償制度の根本精神に照らして適切であると考える。さらに、業務による蓄積疲労、ストレスの過重性を正当に評価し、また、同種同僚との比較でなく当該被災労働者にとっての過重性で「過重負荷」を認め、労災と認定することが必要であると考える。

 働くもののいのちと健康を守る全国センターは、昨年12月22日に「過労死認定」問題等につき貴旧労働省と交渉を行った。その後、働くもののいのちと健康を守る全国センターは、「過労死認定基準抜本改正」検討会をつくり、被災者・家族、過労死を考える家族の会、過労死認定を求める支援団体・個人、労働組合、医療機関、医師、医学者、弁護士、専門家など広く意見を集約してまとめ、ここに共同して過労死認定基準(脳血管疾患及び虚血性心疾患―負傷起因を除く)の抜本改正を要求する。

 

過労死認定基準(脳血管疾患及び虚血性心疾患―負傷起因を除く)

抜本改正要求

 

<認定要件>

(1) 労災認定にあたっては、被災者の従事している労働が血管病変等を自然経過を超えて急激に著しく増悪させる負荷のある労働である必要はなく、血管病変を自然経過を超えて増悪させる過重負荷のある労働であれば労災と認めること。

(2)「業務過重性の判断基準」は、同種労働者ではなく当該労働者を基準とし、同人にとって過重であれば足りるとすること。

 「異常な出来事」、または「日常業務と比較して特に過重な業務」に従事している必要があるとする現行認定基準を変更すること。(内容は運用基準)

  過重負荷を受けてから、症状の出現までの時間的経過が「医学上妥当」なものでなければならないとの要件は不要とすること。

(3) 業務により適切な治療を受けることができず疾患を発症、増悪させ、もしくはその増悪により死亡した場合も労災と認めること。

 

<認定要件の運用基準>

(1)「過重負荷」について

@「過重負荷」とは業務が疾病の自然経過を超えて増悪する要因であれば足りるものとする。

A「過重負荷」は当該労働者にとっての過重負荷のある業務であればよいものとする。

B「過重負荷」は「急激に著しく」血管病変等を増悪させる負荷である必要はない。

 

(2)「異常な出来事」について

@ 発症前に疾病悪化となる誘因となる出来事が認められれば、異常な出来事が認められなくても業務上と認定する。

A 発症前に業務に関連する災害性の「異常な出来事」があり、または、基礎疾病を「急激に著しく増悪させる原因と認められる業務」であれば当然認定する。

 

(3)「日常業務に比較して」の「特に過重な業務」の要件は不要とし、以下のようにする。

@ 当該労働者にとって「過重の業務」に従事していたと認められれば業務上と認定する。

A「過重な業務」の調査検討期間は、発症前約1年6カ月間程度を対象とする。

B 発症前の業務と症状の経過を検討し、直前(当日、前日)及び1週間を原則検討期間とする扱いは変更する。

C 業務との因果関係が推定されれば(雇用主が明らかに業務との因果関係がないことを立証しない限り)労災と認める。

D 基礎疾患が業務により自然経過を超えて増悪して発症、もしくは死亡した場合、労災と認める。

E 以下の業務は「過重負荷」のある業務と推認し、雇用主の反証が正しいと認められない限り、一つでも該当すれば労災と認めるものとする。(「過重負荷」労働の定量化を示す)

 ・1週間の労働時間が実質60時間を超える。

 ・1カ月の所定外労働が実質50時間を超える。

 ・夜勤交代勤務の長期の継続。

 ・長時間(8時間を超える)夜勤交代勤務の3カ月以上の継続。

 ・連続3夜を超える深夜勤務。

 ・夜勤帯8時間以上の勤務における2時間以上の仮眠時間が確保されない労働。

 ・徹夜勤務を常態とする就労形態での勤務明け日の就労

 ・代休のない休日労働(2週以上)の連続。

 ・過密労働、精神的緊張が続く労働、休憩が確保されない労働、変形・変則労働、裁量労働・みなし労働など疲労の蓄積やストレスが持続する労働。

 ・生体リズム(サーカディアンリズム)を狂わす過重労働。

 ・事業主が労働者の健康保持義務、適正労働条件確保義務、安全配慮義務、労働時間把握管理責任、安全・健康・労働基準(法基準・省令・通達など)、産業別の安全基準に違反した場合。

 ・健康診断を受診させない。健康診断結果事後措置がされてない。医療・治療機会がない場合。

 ・職場環境で労働安全衛生法関連の基準を超えて寒冷、熱射の影響をうける労働。

 

<取り扱う疾病>

 認定基準にある脳血管疾患及び虚血性心疾患対象疾患名以外の循環器疾患でも業務との因果関係が推認できれば労災と認定する。

 

<認定行政>

@ 労基署が入手した資料・情報は申請者の請求があれば認定前でも情報を開示すること。労災認定の業務上外の事案は、プライバシー保護を前提にすべて公開すること。

 労災認定行政に関わるあらゆる情報はすべて公表すること。

A 労災申請から認定判断を決定する期間は6ヵ月以内とする。

B 認定担当者の増員と「労働者保護」の立場からの労災認定行政研修を充実させる。

 

<立証責任の抜本転換>

 現行の被災者側の業務起因性の立証責任を雇用主側の非業務起因性の立証責任(雇用主が労災でないと立証しなければ労災と認定)に抜本転換すること。

                                                       以   上