労働省に3点の「申入れ」
 全国センターは厚生労働省発足を目前にした12月22日、第3回総会の確認にそって坂口労働大臣宛に、(1)サービス残業の解消と長時間労働の改善、(2)過労死(脳心疾患)の労災認定基準の見直し、(3)VDT労働の労働衛生基準の見直し、など3点についての申入れをおこなった。全国センター側は、長谷川理事長代行、池田事務局長等7名の代表。労働省側は、監督課、労働衛生課、補償課、認定対策室の各担当者が対応した。労働省側の回答は、全国センター「通信」第25号に掲載する。

労働大臣
 坂口 力 様
要  請  書
2000年12月22日
働くもののいのちと健康を守る全国センター
理事長 辻村 一郎


 貴職の日頃の職務とご努力に敬意を表します。                  
 私たち全国センターは1998年12月設立以来、「誰もが健康で人間らしく働ける職場と社会」の実現を目標に活動をすすめ、先日12月15日に第3回総会を開催し、21世紀に踏み出す新しい活動方針をきめたところです。
 一方、貴職も省庁再編によって2001年1月から厚生労働省のもとで労働行政を担われることになります。
 つきましては、21世紀の幕開けにあたり、双方の基本認識について率直な意見交換  をおこなうとともに、当面する課題について次のとおり要請致します。

< 要 請 事 項 >
(1)サービス残業の解消と長時間労働の改善について
 年間労働時間3000時間以上の労働者が過労死する確率が高いことは周知のおりで、長時間・過密労働が過労死・過労自殺や精神疾患など健康障害に重大な影響を及ぼしていることは明白である。年間1800時間の国際公約の達成の見込みが立たず、
 ヨーロッパに比べ300時間も多い長時間労働の実態はいっこうに改善されないばかりか、リストラによる失業者の急増と雇用不安、フレックスタイム・裁量労働の導入、成果・能力主義賃金によって、サービス残業・長時間労働に労働者自身が駆り立てられている実態さえある。
 今年3月、最高裁は、電通過労自殺訴訟判決で、「疲労や心理的負荷が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険があることは、周知のところである」「使用者は……労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」と重要な判断を示した。
 この最高裁判決は、サービス残業・長時間労働を放置している使用者に対する重大な警告であり、「使用者の責任」で改善すべきことを求めている。
(1)労働安全衛生法の第3条、第65条の3項の規定を使用者が理解し、労働者の心身の健康を損なうことがないよう必要な改善をはかるため、労働省「通達」を発し、使用者に徹底すること。
(2)サービス残業の実態を調査し、摘発する「行政指導」を強化すること。


(2)過労死の労災認定基準見直しにあたって
 報道によれば、10月12日労働省は、最高裁でのくも膜下出血を起こしたハイヤー運転手の事案での逆転労災認定判決を受け、現行認定基準に「精神的緊張を伴う業務」「不規則業務」「労働密度が低くない業務」を業務の過重性に盛り込む労災認定 
 基準の見直しを来年夏に向けて検討すると発表した。
 現行の脳血管疾患および虚血性心疾患等の労災補償状況について労働省の発表によれば、平成7年度の認定基準改訂以後増加が認められたが、平成11年度では81件となっている。請求件数に対する認定件数の割合は正確には不明であるが、約4分の3が棄却されていると考えられる。明らかに労働実態からは労働の過重性が認められるにもかかわらず、認定されないケースや、基礎疾患の存在や生活習慣を理由として労災認定されないケースが多々認められる。また、被災者側が立証責任を負うという点から申請自体も多大の困難を伴う。こうした点から認定基準の改訂に向けて、全国センターの過労死研究会では脳血管疾患および虚血性心疾患等の労災認定基準についての検討をセンター発足直後より行ってきた。                  

<改善の基本点>                           
(1)現行の被災者側の業務起因性の立証責任を使用者側の非業務起因性の立証責任(使用者が労災でないことを立証しなければ労災と認定する)とすること。
以上が実現出来ない段階でも以下の改善をおこなうこと。
(2)業務が疾病発症の原因の一つ、あるいは疾病の増悪因子となれば「業務上」と認定する。
(3)業務が健康な同僚または同種労働者にとって過重でなくても、当該労働者にとって過重な精神的、身体的負担を生じさせる業務は過重な業務と認めること。基礎疾病を有する当該労働者にとって、基礎疾病に悪影響を及ぼす恐れのある業務であれば、過重な業務と認めること。
(4)発症前1週間以内に限らず、長時間にわたる業務による量的あるいは質的な精神的、肉体的負担が疾病の原因と認められれば、「業務上」と認定すること。 
(5)医学経験則上の厳密な証言を必要とはせずに、諸種の事実を総合的に判断して業務が一般経験則上原因であると認められれば業務上の疾病と認定する。日本産業衛生学会循環器疾患の作業関連要因検討気委員会提言「労働関連要因を考慮した循環器疾病の予防」を上回る労働時間のもと(月50時間以上の所定外労働時間、週60時間以上の労働時間、代休の確保されない休日労働、夜勤交代制勤務については深夜帯8時間勤務について2時間の仮眠時間が確保されない、徹夜勤務を常態とする就労形態での夜勤明けの就労、連続3夜の深夜時間帯の就労等)での発症は特段の反証がない限り「業務上」と認定する。
(6)脳血管疾患、心疾患については疾患を限定しないこと。
(7)認定については本省のりん伺を必要としないこと。

<脳血管疾患および虚血性心疾患に関わる認定基準改訂>
第1 認定基準
1.取り扱う疾病について
「次に掲げる疾病」を「主として次に掲げる疾患」とし、最後に「認定基準の対象となる疾患は上記疾患に限るものではなく、他の脳血管疾患および心疾患についても対象に含めるものとする」を加える。
2.認定要件について
(1)ロ 「日常業務に比較して、特に過重な業務に従事したこと」を「量的もしくは質的に過重な精神的、身体的負担を生じさせる恐れのある業務に従事したこと」に変更すること。
(2) 「過重負荷を受けてから症状の出現までの時間的経過が医学上妥当なものであること。なお、本認定基準においては…………、妥当と認められるものを認定要件としたものである」を「発症と発症の前に従事した業務との関連性が推認されること」に変更し、「なお、本認定基準以下、認定要件としたものである」まで削除する。
3.認定要件の運用基準
(1)「過重な精神的、肉体的負担」とは、脳血管疾患および心疾患発症等の基礎となる基礎疾患等を、自然経過(加齢、一般生活等で生体が受ける通常の要因による基礎疾患等の経過)を超えて増悪させるおそれのある精神的、肉体的負担をいうものであり、業務による過重負荷として認められるものとして、「異常な出来事に遭遇したこと」および「量的もしくは質的に過重な精神的、肉体的負担を生じさせる恐れのある業務に就労したこと」を認定要件としたものである。」に変更すること。
(2)変更なし。
(3)「日常業務に比較して、特に過重な業務」については以下のとおりである。」は「過重な業務は以下のとおりである。」へ変更する。
 イ.については削除する。
 ロ.については「過重な精神的・身体的負担を生じさせる恐れのある業務」とは当該労働者にとって過重な精神的、肉体的負荷と判断されることをいう。健康な労働者にとって過重な精神的、肉体的負荷を生じさせる業務とはいえなくても、基礎疾患等を有する当該労働者にとっては量的もしくは質的に過重な精神的、肉体的負荷を生じさせる恐れのある業務を含める」に変更する。
 ハ.については、「業務による過重負荷と発症との時間的関連を考慮に入れて過重な業務か否かを判断すること。発症直前から前日までの間の業務が過重であると認められない場合でも、量的もしくは質的に過重な精神的、身体的負担を生じさせる業務に一定期間継続して従事していた場合には、血管病変の著しい増悪と関連があるので、この間の業務が過重である否かを判断すること。」に変更すること。                        
  (イ)(ロ)(ハ) については削除すること。                
(4)変更なし。
第2 認定にあたっての留意事項                        
1.認定の基本的考え方について………以下へ変更する。
「脳・心臓疾患は、血管病変が加齢や種々の危険因子によって発症・増悪することが多い疾患であるが、業務が最有力の原因でなくても、基礎疾患、素因もしくは既往疾患(以下たんに「基礎疾患等」という)が原因となって発症した場合であっても、業務が基礎疾患等を誘発または増悪させて発症の時期を早めるなどが認められる場合は、「その他業務に起因することの明らかな疾病」として取り扱うものである。」とする。
2、認定要件について (1)異常な出来事について…… 変更なし。
(2)「日常業務に比較して、特に過重な業務について」はウ「当該労働者にとって量的・質的に過重な業務について」と変更し、イ.ロ.ハ.については削除し、以下へ変更する。
「当該労働者にとって量的もしくは質的に過重な精神的、身体的負担を生じさせるおそれのある業務をいう(月50時間以上の所定外労働時間、週60時間以上の労働時間、代休のない休日労働、夜勤交代制勤務については夜勤帯8時間勤務について2時間以上の仮眠時間が確保されない、徹夜勤務を常態とする就労形態での勤務明け日の就労、連続3夜の深夜時間帯の就労等)。所定内業務と比較して、もしくは健康な労働者にとっては過重な精神的、身体的負担を生じさせる業務とはいえなくても、基礎疾患を有する労働者にとっては量的もしくは質的に過重な精神的、身体的負担を生じさせるおそれのある業務も含める」
(3)「症状の出現について」は「発症と発症前に従事した業務との関連性の推認について」へ変更し、「通常、過重負荷を受けてから………数日を経過する場合がある」は以下へ変更する。
「量的、質的に過重な業務に従事した事実が認められれば特別の事情がない限り、当該業務が発症の原因であり、発症と発症前の業務との関連性が推認されるものとする。
事業者が労働安全衛生法65条の3 「作業管理」に規定する当該労働者の実情を考慮して、その健康を保持する必要上、適切な措置を講ずべき義務があるにもかかわらず、この義務を怠った事実が認められれば、特別の事情のない限り当該業務が発症の原因であり、発症と発症前に従事した業務との関連性が推認される。
また、労働安全衛生法66条の5 「医師等の意見」に従って事業者が行うべき事後措置がとられなかったり、不十分な場合は発症と発症前の業務との関連が推認される。」
3.その他………以下全文削除する。


<労災認定制度について>
 労働基準監督署が入手した情報については、被災者の請求があれば開示すること。

(3)VDT労働の労働衛生基準の見直しにあたって
 1980年代にコンピューター・OA化が急速にすすみ、VDT労働による健康障 害が予測されるなかで、労働省が「VDT作業のための労働衛生上の指針」(1985年12月)を出してから15年が経過した。その後、労働省のおこなった「平成10年度技術革新と労働に関する実態調査結果速報」(1999年12月) および「報告書」(2000年 2月)によると、身体疲労・自覚症状がある情曹V8%、精神的な疲労やストレスを感じる情曹R6%と、急速な技術革新が労働の質を変え、労働者の健康への影響がきわめて大きいこを示している。
 いま、情報技術(IT)革命がいわれているが、このままでは労働時間短縮、快適な職場環境など労働条件の改善に結びつかず、結局のところIT革命=VDT関連労働は心身の疲労を増大させるいう苦痛のみが労働者におしつけられ、労働のゆとりと逆行する事態になりかねない。
 今年10月10日(世界精神衛生の日)、ILOから「職場の精神衛生」と題する報告書が発表され、10人に1人がうつ状態やストレスに苦しみ、IT革命の進展によって、健康障害の発生が高まる可能性を指摘している。
 今後、IT革命の影響が競争を加速化させ、健康障害を増大させることが強く懸念されるなかで、今回の「指針」見直しはきわめて重要な意味をもつものとなっている。
 「規制力」をもたない現行「指針」が実効を上げ得なかったことの反省を含め十分 な検討が求められている。

 (1)労働現場の実態に則した有効な労働衛生対策が重要であり、現場からの意見を検討に反映させる必要がある。
 イ.労働省の「検討会」のメンバー・検討テーマ・検討期間等を明らかにすること。
 ロ.「検討会」には労働者代表を加え、多くの団体からの意見・要望等を反映させること。(すでに、働くもののいのちと健康を守る京都センターから京都労働局長宛に申入れがされている)
 (2)全国センターとしての検討をすすめており、後日あらためて申入れをおこなうので、ひき続き協議すること。
以上