労働省の「労働者のメンタルへルス対策検討会報告書」と「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」についての見解
2000年 8月22日
働くもののいのちと健康を守る全国センター
事務局長 池田  寛


1、多くの企業における長時間労働とノルマを課した過密労働などにより過労自殺が多発している中で、広島木谷過労自殺の勝利和解や電通過労自殺事件の最高裁判決が出され、さらには多くの団体の取り組みと国民世論などに押され、労働省は6月6日「労働者のメンタルへルス対策検討会の報告書」(以下「報告書」)を出し、さらに8月9日には「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」(以下「指針」)を発表しました。
 「報告書」は、企業のリストラ・雇用破壊・賃金破壊などに対しメスを入れるものではないという限界を持ちつつも、「メンタルヘルス対策」として予防と補償の重要な関係を明確にしていることや予防とともに事後措置を重視するなど、従来の労働行政の枠から踏み出した前進面をもつと評価できる内容となっています。
 一方「指針」は、「報告書」の主要な前進面のほとんどが削除、変更されるなど、大きく後退したものとなっています。「報告書」が全国的に報道されたのに対し、「指針」は労働省のホームページに掲載されただけで報道もされないなど、労働行政に直接かかわる「指針」が内容的にも、扱いでも多くの労働者・国民が求めているものにはなっていない言わざるを得ず、私たち「いのちと健康全国センター」は、「指針」の見直しと「報告書」からなぜこの様な「指針」になったのかをあきらにするよう労働省に求めるものです。

2、自殺者が2年連続、交通事故死の3倍の3万人を超えるという異常事態の中で、過労自殺の労(公)災認定申請が急増していることからも推測されるように「過労自殺」が急速に増えています。
また、財界も参加している社会経済生産性本部が発表した「産業人のメンタルヘルスと企業経営」という提言の中でも「リストラ(従業員数の減少)は、従業員のメンタルヘルスを悪化させる」と指摘していますが、労働省の調査でも「仕事で強い不安やストレスを感じている労働者が6割以上」になるなど、企業の中でのノルマを課した競争や解雇・配転をちらつかせた長時間・過密労働の強制、さらには退職強要やいじめなどにより心も体も疲れきった労働者が急速に増えています。
 この様な中で、私たちは、多くの団体・労組とも共同して広島木谷過労自殺の労災認定・裁判闘争はじめ長野・京都などの過労自殺労災認定、損害賠償請求のたたかいに取り組んできました。また、過労自殺の認定基準改正要求を出し、労働省交渉を行なうと同時に、労災保険法の「故意」条項撤廃を求めて国会での追及を共産党と共同して取り組んできました。さらに、電通過労自殺事件の裁判は一審から最高裁判決まで全国の注目を集め、労働者のメンタルヘルス問題が生死にかかわる大きな社会問題として認識が広がりました。
 労働省の「報告書」「指針」は、このようなたたかいと社会的な関心の大きな高まりの中で発表されたものです。

3、「労働者のメンタルへルス対策検討会の報告書」は、労働者のメンタルヘルスの極端な悪化が企業によるリストラ・雇用破壊・賃金破壊などが大きな原因にもかかわらず、そこにメスを入れるものとはなっていないという限界は有りつつも、メンタルヘルス対策の強化のために多くの積極面を持っています。
第1には、労働省が昨年策定した「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断基準」による職場の問題点の分析を打ち出すなど、予防と補償の重要な関係を明確にしています。第2に、復職者への支援、労働環境の改善、過大な負荷の軽減、労働時間の改善など、予防とともに事後措置を重視する対策となっていることです。第3には、「事業者の安全配慮義務」を繰り返し強調していますし、第4に報告書は、「心の健康問題が、その人の人格を否定する形で評価される傾向が強いことも問題となる」としていますが、解雇こそ最大の人格否定ですから、解雇規制につながる指摘ともいえます。第5に労働組合の参画に期待していることも重要です。
その他、リスクマネジメントなど事業者の責任についてふれていることなど、従来の労働行政の枠から踏み出した前進面をもつ評価できる内容が少なくありません。

 4、一方「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」は、「報告書」について指摘した前進面の主要なポイントのほとんどが削除、変更されるなど、大きく後退したものとなっています。
「指針」は第1に、「実施可能な部分から」などとメンタルへルスの重要性を薄める記述が随所にみられ、「リスクマネジメント」や「事業者の安全配慮義務」を抹殺して、事業者の責務を免除する傾向がきわめて強くなっています。そのため、職場の対策の重点が「管理監督者」に比重がかかることになります。労働省労働安全衛生課は「管理監督者」は「直属の上司をイメージしている」と問い合わせに答えていますが、現状では中間管理職にハイリスクのストレスがかかっている職場の実態を考えれば、このようなシステムは有効性に乏しいといわねばなりません。
 第2に昨年策定された補償基準との関連を取り払ったこと、「人格の否定」の指摘をまったく次元の違う表現に変更したこと、労働組合の参画を抹消したこと、その他重要なキーワードをことごとく塗りつぶす重大な後退が顕著となっています。とくに「事業場外の資源によるケア」(地域産業保健センターなどとのネットワーク)は中小企業労働者にとってはきわめて重要ですが、この点の記述が大幅に薄められていることは、「4つのケア」の表題を自ら汚すものと言えるでしょう。
 同時に、「指針」には以上のような大きな後退がありますが、労働安全衛生法への位置付けや労働時間短縮、過大な負荷の軽減など、当然のとりくみの方向までは消し去ることができなかったことは、注視しておく必要があります。

 5、この間、全国センターが開催した東日本と西日本のセミナーにおける講座、事例検討会や過労死弁護団、社医研センターの研究会、メンタルへルスの自主的な研究会など、どこでも満席の状況にあります。リストラ、「行革」などの「合理化」攻撃、IT革命の名のもとでの超過利潤競争激化が反社会性を増幅する中で、メンタルへルス問題はますます多くの労働者・国民が関心を持つ重大な社会問題になってきています。  働くもののいのちと健康を守る全国センターは、過労死・過労自殺の発生や労働者の肉体的・精神的健康を害する根本原因となっている、リストラ・人減らし「合理化」、退職や配転・転籍・出向などの強要、ノルマを課して労働者を競争させるなどの長時間・過密労働をただちにやめるよう、財界・経営者、政府・自治体当局などに強く求めると同時に、労働行政の改善や働くもののメンタルへルスを含めたいのちと健康を守る活動を幅広い団体・労組・学者・研究者・個人とも共同して、さらに大きくすすめる決意を表明致します。
( 以 上 )